ゼロの衣装が入ったバッグを肩にかけながら夜道を歩く。 時計の針は、既に深夜2時をまわっている。 あたりは真っ暗で、所々にある街灯だけが唯一光を放っていた。 ゼロとして黒の騎士団を率いた後、学園に戻る途中だった。 普段は人であふれている街も、夜になると静かなもので所々で光る街灯だけがその存在を示している。 角を曲がったところで視界に飛び込んできたのは見事なまでのピンク色だった。 目の前に広がる桜並木に思わず目を惹かれてしまう ―綺麗だな 行きは違う道を使った為わからなかったが、今はちょうど桜が満開の季節だったようだ そのまま桜に目を向けながら並木道を歩いていると、ふとよく知るススキ色の髪の毛が遠くで静かに光を放っているのに気が付いた ツナ…? いや、そんなはずは無い。 昼間ならまだしも、今は深夜だ。東京疎開の治安は悪くは無いが、こんな時間に出歩くなんて普通はしないはずだ。 マフィアとしての活動かとも思ったが、近くに人の気配は無い。 ボスともあろう人物が、共の一人もつけずに夜の街を一人歩きなど…するかも知れないがツナはそんなタイプじゃ無い。 なら別人と考えるほうが自然だろう だがあまりによく知るススキ色は、そんな考えをぶち壊すには十分で。 もし本当にツナだったら、この時間に出歩いてることをどう説明する? ゼロの出現日に夜中に会ったなどという情報は、与えないに越したことは無い どう考えても別の道を行ったほうがいいに決まっているのに、俺の足はどんどんススキ色の方へと近づいていった。 ―やはりな 確信に近いようなものを抱いていたために、驚きは無かった。 一歩一歩近づくごとにはっきりと見えてくる相手は、思ったとおり同じ学園に通う沢田綱吉だった。 ツナはただじっと桜を見つめていた。 俺に気づいている様子は無い 少し顔をずらせば気づく距離なのに、まるで他の何もかもどうでもいいように、桜だけにずっと視線を送っていて。 その表情は切なくて、まるで今にも消えてしまいそうな気がした俺は無意識のうちにツナの腕を引っ張っていた。 STAGE 6 Ricordi 突然腕を引かれたことに驚いたのか、ツナはようやく桜から視線を外した。 ツナの瞳に俺が映る そこでやっと俺の存在に気づいたようで、驚いたように瞬きをした 「ルルさん…?」 「こんな時間になにをしている」 違う、そんなことが聞きたいんじゃない。 どうして桜をあんな目でみていたんだと、聞きたかったのに 「こんな時間…?」 きょろきょろとあたりを見回すツナに、まさか、という考えが巡る 「気づいてなかったのか?」 「…はい。」 一体何時からここにいたんだと聞けば、学校が終わってからずっとですと言うツナに眩暈がした。 放課後からずっとここにいただと!? 春といってもまだ肌寒いこの季節に、コートも着ずにそんな長時間外にいたなんて。 言われてみれば掴んでいるツナの腕は酷く冷えていて、慌てて自分の着ている上着をツナに羽織らせる。 「どうしてそんなことを?」 「桜を、見てたんです」 ツナはもう俺のほうを見ずに、また視線を桜に向けた 何かおかしい。 いつもツナは、誰かと話すときちゃんと相手の目を見ていた。 けれど今は、自分のことすら目に入ってない。 まるでこの世に桜しか無い様に、その花に捕らわれている様に感じた 「…ツナ!!」 放っておけば、ツナはいつまでたってもここにいるだろう。 こんな無防備な状態では、誰かに襲われるとも限らない。 それに何時までもこんな場所にいては風邪を引いてしまう。 様々な理由をつけて自分を納得させ、再びツナを引っ張った。 「帰るぞ。このままじゃ風邪を引く。」 本当はお前が消えてしまいそうだからなんて、死んでも言いたくなかった。 「待ってください、まだ…」 「明日また来ればいいだろう。とにかく今は駄目だ。」 掴んでいる腕に力を込める。 それでも動く様子の無いツナに段々と苛立ちが募る。 いや、動かないことに対してじゃない。俺のほうを全く見ないことに対して、だ。 「おい、ツ…」 「沢田綱吉?」 突如背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、雲雀恭弥が珍しそうにツナを見ながら佇んでいた。 「なんだ、君もいたの」 「…悪かったな」 「別に」 雲雀はスッと俺の横を通り過ぎるとツナの隣に立つ 「珍しいね。君が外に出るなんて。」 「…」 「だんまりかい?寮の門限はとっくに過ぎてるんだけど」 「っやめろ!」 トンファーを出した雲雀に、思わず静止の言葉をかける。 「君も、こんな時間に出歩かれると風紀が乱れるんだよね。」 「…人のことは言えないだろう」 「僕はいいんだよ。」 どういう理屈だと言い返そうとした時、雲雀は袖にトンファーをしまった。 「僕は今機嫌がいいんだ。命拾いしたね。」 そのまま雲雀は桜へと視線を移す。 「桜…か」 暫く見つめた後、そう一言呟くと背を向けて、元いた方向に歩き始めた。 しかし、少ししたところで立ち止まると、顔だけ向けて喋り始める。 「ねえ、君は知ってる?」 雲雀の姿は暗闇に紛れてよく見えなくて、俺とツナ、どちらに言っているのか分からない 「桜の花が赤いのは、死体が埋まってるからだっていう話。」 その一言で、脅えたようにツナの肩が揺れる 雲雀は満足そうに笑うと、今度こそ闇に紛れて見えなくなった 「あ…ぁ…!」 「ツナ?」 突然ツナが震えだし膝をつく 「!ツナ!!」 「オ、レ…っ…」 「おい!しっかりしろ!!」 「きょ…ぁ…っ…」 「ツナ!!」 支えを失ったようにツナの体から力が抜けたので、慌てて受け止める。 ツナは、意識を失っていた 「遅かったな。」 ドアを開けるなり聞こえてきたのは、もはや家主以上に我が物顔をして俺の部屋に入り浸っている居候の声だった 「今日の相手はそんなに手ごわかっ…」 C.C.の言葉が途切れる。俺の手の中の人物を見たからだろう。 「…どういうことだ?」 「帰りに会って気を失ったから連れ帰っただけだ。この時間じゃ寮に帰すこともできない」 「お前の正体を知られたわけじゃないんだな?」 「ああ。それよりもそこをどけ。」 C.C.をベットからどかすと、布団を直してツナを寝せる 「どうしてソイツは気を失っている?ギアスはもう使用済みじゃなかったのか?」 「俺にもよく分からない。鍵を握っているとすれば雲雀恭弥か…それよりもC.C.」 「わかっている。その男が目を覚ますまで、私はどこかに隠れてるさ」 「そうしてくれ」 「高くつくぞ。それと…襲うなよ」 「っ!するか!!そんなこと!!」 ニヤリと笑みを浮かべて去っていく背中に、声高に叫んだことを後悔した。 起きたか? そう思いツナを振り返るが、相変わらず瞳は閉じたままだった。 ベットへ近づき、腰掛ける。 ―白い いつもはもっと健康そうな肌の色をしているというのに、今のツナはまるで生気の無い人形のようだ。 頬に触れると、ひやりとした感覚が伝わってくる。 こんなになるまで、どうして― 原因はおそらく桜だ。 だが、それ以上は分からない。 そして、雲雀のあの言葉… 『ねえ、君は知ってる?』 『桜の花が赤いのは、死体が埋まってるからだっていう話。』 あの直後にツナは錯乱し気を失った。 都市伝説に怖がるとか、そういうレベルじゃない。 もっとそう…トラウマ、心の傷―それに触れたような、そんな何かが。 だが― 雲雀が来る前から、様子がおかしかったのは確かだ。 そもそも何故ツナはあんな場所にいた? 他のものを全て拒絶するような、あの様子は… 「チェックをかけるには、情報が足りなすぎるか…」 結局のところ、それがなんなのか分からなければ解決法が無いのだから。 頬にあった手を髪へ移動させる。 そっとなでるとさらさらと手に落ちてきて、そのことに妙に安心した。 「んっ…」 「ツナ…?」 読みかけの本を閉じて、ベットへと向かう。 ツナをここに連れてきてから8時間が経過していた。 「起きたのか?」 「ルルさん…?」 ゆっくりと起き上がり辺りを見回す瞳には、しっかりと俺が映っている。 「え?俺、ここ、えっと…」 「俺の部屋だよ」 「ルルさんの!?」 いつもと同じツナの様子にほっと息を吐いた。 「俺、なんでルルさんの部屋に…?」 「…覚えてないのか?」 何をですか?と言いたそうな瞳に、言うのを戸惑った。 覚えてないならそのほうが良い。 何故あのような状態になったのかは分からないが、好ましくないことだけは確かなのだ。 だが、嘘をついてもいずれ思い出してしまうだろう。 それなら下手にごまかすよりも、何があったのか強引にでも聞き出すべきだ。 「昨日、夜中に会っただろう?桜の木の前で」 桜と言った瞬間、ツナが目に見えて動揺した 「ぁ…」 「…思い出したか?」 「はい…」 さっきまでとは明らかに様子が違う。 やはり、原因は桜で間違いないようだ。 「…聞いてもいいか?」 「…」 体を震わすツナに、胸が傷む 辛い思いをさせたいわけじゃない。 「ツナ」 安心させるように頭を撫でる けれど震えはなかなか治まらなくて、見ていられなくなった俺は思わずツナを抱きしめた 「…ツナ」 抱きしめる腕に力を入れる。 俺はここにいると、伝えるように。 暫くそうしていると、ツナの震えは治まった 「…大丈夫か?」 「…はい」 嘘だ。顔面蒼白なくせに何が大丈夫だ。 「…桜がどうかしたのか?」 腕は解かずに、そっと囁くように言う。 理由は2つ。離したくなかったから、そして…顔を見て言える自信が無かったからだ。 案の定「桜」という単語を出しただけで、再度ツナの肩が揺れた。 「…言いたくないのは分かっている。だが、そんな状態のお前を放っては置けない」 回している腕に力をこめる。 「だから教えて欲しい。何がお前をそんなに苦しめているのか。」 「…っ」 ツナが息を呑むのがわかる。 もう一度「ツナ、」と名前を呼んで、顔を覗き込んだ。 「ごめん、なさいっ…」 拒絶された 一息遅れてそのことを理解する 「ごめんなさい。心配してくれてるのに、俺…っ」 「っ、いや、言いたくないならいいんだ。無理に聞こうとして悪かった。」 ごまかすように立ち上がると、ツナに背を向けて扉へと向かう 「食事を用意してくる。昨日から食べてないだろ?何か口にしたほうがいい」 「そんな、迷惑じゃ…」 「気にするな。そのまま帰したら、心配で何も手が付かなくなる」 「すみません、」と申し訳なさそうに言うツナに、どうしようもない感情が渦巻いてくる 違う 謝ってほしいんじゃない 謝るくらいなら、どうして俺を頼らない 「…先に行ってる。落ち着いたら、降りてきてくれ」 結局俺は、何もできない 「…」 皿とスプーンの奏でる金属音だけが部屋に響く。 テーブル上のパンは半分も減らないまま籠の中に戻されていた。 具合が良くないからと少な目に用意したつもりだったが、それでも今のツナには食べ切れなかったようだ。 スプーンが元の位置に戻ったところで、とうとう静寂が訪れた 「…もういいのか?」 「はい。すみません、せっかく用意してもらったのに…」 「気にするな。俺が勝手にしただけだ。」 申し訳なさそうに言っているが、今のツナは心ここにあらずといった感じだった 「…帰ります。迷惑をかけて、すみませんでした。」 玄関に向かうツナの手首を掴む 「嘘をつくな。また、昨日の場所に行くつもりだろ」 体が強張るのが伝わってくる。 このまま行かせたら、また同じ事をするに決まってる。 「…俺も行く。」 「っ、それは…」 「駄目だ。嫌なら人を呼んで、無理やりにでも寮に戻させる。」 一人でなんて、泣かせない 目の前には一面の桜並木が広がっていた 風が吹くたびに少しずつ落ちる花びらを、ツナは泣きそうな瞳で見つめる。 何かを言おうとしては口を閉ざして。 何度かそれを繰り返したとき、風の音だけが支配していた空間に賑やかな声が響き渡った。 「わたしがおくさんで、サジがだんなさまだからね!」 「またおままごと?このまえもルイスがぜったいおままごとだっていって…」 「いいでしょ!はやくはじめるの!」 子供の遊び場だったのか。 昨日とは違う、騒がしくなった空間にツナの様子を見る ツナは息を呑むようにその2人を見つめていて、瞳には先程よりも多くの涙が溜まっていた。 一度でも瞬きをしたら、零れ落ちてしまうほどに。 「っ…」 完全にタイミングを逃してしまった。 手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、声すらもかけられない。 涙を拭って抱きしめて。俺がいると言えたらいいのに。 ただの「先輩」と「後輩」という関係は、俺の望むものとは果てしなく遠いものだった。 「ルルさ、ん」 「…!なんだ?」 ツナの声は震えていて、泣きたいのを我慢しているのが嫌でも分かる。 「ルルさんは、どうして桜は赤いんだと思いますか?」 髪を揺らすように、一陣の風が吹いた 「…俺は」 『ねえ、君は知ってる?』 『桜の花が赤いのは、死体が埋まってるからだっていう話。』 雲雀の言ったことを、ツナが信じているのかは分からない。 だけど、気にしていることは確かだ。 なら、俺の答えは― 「…桜の花が赤いとは思わない。少なくとも、赤というよりは白に近いと思う。 だがたとえ赤かったとしても、それは血の色では無いはずだ。何故なら―」 ぐっと拳に力をこめる。 今でも鮮明に思い出せる、変わり果てた母の姿を。 「桜は綺麗だが、血は…血の色は酷く、汚い色をしているだろ?」 ツナが息を呑むのが伝わってくる。 「だから、桜は白いと思う。…すまない、うまく伝えることができなかったな」 「…いいえ。そんなことありません。」 ツナは首を横に振ると、この場所に来て初めて、俺の方を振り返って 「ありがとうございます。」 瞳に涙を溜めたまま微笑んだ。 「…帰ります。付き合ってくれて、ありがとうございました。」 「気が済んだなら、それでいい。」 ゆっくりと、桜並木を後にする。 子供達の楽しそうな声が、いつまでも響き渡っていた。 「…ツナ」 「なんですか?」 「言いたくないなら、俺は聞かない。だから―」 何を、とは言わない。 「もっと頼って欲しい。少しは力になれると思う。」 「っ…」 「一人で抱え込むな。お前には、仲間が沢山いるだろう」 今はまだ、俺だけを頼って欲しいとは言わない。 だけどいつか、近い未来は 「俺も、その一人のつもりだから」 大勢の内の一人じゃなくて、特別なたった一人に。 |