やってしまった。
転入初日から、クラスメイト全員を敵に回した。
唯でさえ俺は日本人で、紙面上のデータを改竄しようと見た目までは変えられないから、なるべく目立たないように、波風を起こさず学園に溶け込むようにと言われていたのに。
転校初日から、やってしまった。
…最悪だ。
教室に戻りたくない。あんなことを言う人たちと一緒に、授業なんて受けたくない。
でも、これは任務だ。俺個人の感情を優先して良いわけがない。
ああ、でも次の授業は美術とか言っていた気がする。
美術室の場所なんて知らない。絵を描くための道具も持ってきていない。
…もういいや。サボろう。
教師に何か言われたら、迷子になっていたとでも言えばいい。
ちょうどいいから、高等部を監視しやすい場所が無いか探してみよう。
スザクさんの教室が見える場所でも見つけられればもうけものだ。
ゼロには、対象と接触するのは学園に溶け込めてからと言われているが、もう溶け込むなんて不可能だろう。
いてもいなくても変わらない空気みたいな存在を目指すしかないと思う。
監視なら接触しなくても出来るから、まずはその任務だけでも遂行しなければならない。
…こんなしょっぱなから躓くなんて、本当に俺はダメツナだ。

もう授業が始まる時間なので、廊下にはほとんど人影はない。
だからといって中等部の制服で高等部に行ったらさすがに目立つだろう。
チャイムが鳴ってからこっそり忍び込もうと考えていたときだった
「あなたなんてどうせ、どこかの貧乏貴族出なんでしょう!」
甲高い叫び声が、聞こえてきたのは。
それはさっきまで教室で聞いていたのと同じ、軽蔑の混じったもので。
嫌な予感がして、思わず走り出していた。

「ランペルージさん!」
外へと続く廊下の端で、ランペルージさんが複数の女子に囲まれていた。
床に倒れこみ、直ぐそばに車椅子が転がっている
「何やってるんだよ!」
ランペルージさんを囲んでいる女達は、一瞬焦るも俺の顔を見た途端、嫌悪で顔を歪ませた
「なんでイレブンがここにいるのよ!」
別なクラスなのだろう。中華連邦から来たという設定を聞いてない女達は俺をイレブンだと決め付け話を進める。
「イレブンが私達ブリタニア人にたてつくって言うの!?」
「俺の国籍なんて関係ないだろ!一人の女の子を集団で虐める方が、よっぽど最低で低俗だ!!」
一人の女が顔を真っ赤にして手を振り上げる
もちろん、そのまま当たってやるつもりなんか無くて、振り下ろされた手首を掴んだ
俺が弱いと言っても、男と女。曲がりなりにもレジスタンスに所属し、命のやり取りをしてきたのだから、これくらい簡単だ。
「いやあ!イレブンが触らないでよ!!」
女は全身を使って暴れる
触ろうとしてきたのはそっちだろ、と思いつつ手を離した。俺だって好きで触ったわけじゃない。
「私はスフォルツァ家の長女なのよ!こんなことしていいと思ってるの!?」
「そうなんだ。でも俺、スフォルツァ家って知らないし。」
馬鹿にしたように言えば、女達は怒りでますます顔を赤くする。
「なによ!イレブンのくせに!!」
ああもうさっきからイレブン、イレブンって。
これ以上話していても無駄だと悟り、ランペルージさんの元まで行く。
傍に行くには彼女を囲んでいる女達の横を通らなければならなくて、勝手に勘違いをした女が「きゃあ!イレブンがこないでよ!」なんて見当違いに叫ぶ。
本当に煩い。
ああ、また問題を起こしてしまった。もう絶対、学園に溶け込むなんて無理だろうな。
「大丈夫?怪我は無い?」
優しく問いかけてから、彼女の身体を起こす。
「はい。あの…」
「無視してんじゃないわよ!」
せっかくランペルージさんが返事をしてくれたのに、女の声にかき消される。
「…俺なんかと話してる暇あったら、授業に出れば?」
「っ!なによ!アンタこそどっか行きなさいよ!」
「じゃあそうする。行こう、ランペルージさん」
倒れた車椅子を起こしながら言うと、スフォなんとかの長女とやらが何か言ってくる。ヒステリーを起こしていてなんていってるか聞き取れやしない。
他の女子はスフォなんとかに相槌を打って一緒に怒ってるけどそれだけだ。
多分、スフォなんとかの取り巻きなんだろう。自分では手を下さずいざとなったら我関せずを貫く。とんだ友達ゴッコだ。
くだらない。
無視してランペルージさんを車椅子に乗せようとするが、そうするには彼女の身体を抱き上げるか、抱え込むか、どちらにせよかなり密着しなければならないことに気づく。
どうしよう。あの女たちの様に触らないでと言われるとは思ってないが、出会ったばかりの男にいきなりそんなことされるのは嫌だろう。俺だって恥ずかしい。
そんなことを考えていて、油断した
気づいたときにはあの女が近くにいて、ランペルージさんに向かって手を振り下ろしていた
「ランペルージさん!」
咄嗟に彼女を庇うと、バシッという音と共に、頬へ衝撃が走る
「ツナさん!」
「ひっ!いやあああ!!」
女は汚いとか嫌だとか、とにかく俺に触れてしまったことが嫌でたまらないということをわめき散らしている
「ツナさん!大丈夫ですか!?何があったのですか!?ツナさん!」
「大丈夫だよ。」
ああ、ランペルージさんは俺が転入生だと気づいてたのか。
イレブンだということを否定していなかったことに今更気づく。
ああ、しまったな。どうしよう。他のクラスの奴がなんと言おうと、中華連邦から来たと言ったのを知らないからって言い訳できると思ってたのに。
どうして、ランペルージさんを助けたいと思ったのだろう。
別に俺は、正義感が強いわけじゃない。
レジスタンスに入ったのだって、日本を取り戻すとか、そんなんじゃなくて。ただのブリタニアに対する私怨で。
普段なら、苛めとか、そんな現場を見ても、関わりたくないと見てみぬふりをするはずなのに。

多分それは、ランペルージさんがナナリーに似ていたからだ。

俺にとってナナリーはとても大切な友達で、妹だったから。




「何してるんだ!」
突然、俺とランペルージさんと女達の声しか聞こえなかった空間に、全く別な声が響いた
教師に見つかったのかもしれない。どんどん目立たないという目標から遠ざかってゆく。
「スザクさん!」
だが、ランペルージさんが発した言葉は信じられないものだった
急いで声の聞こえた方向を振り向く
ああ、どうしよう。本当に最悪だ。まだ接触を図る時期ではなかったのに。それもこのタイミングで。どう見ても学園になじんでるようには思えない。
「君たち…」
スザクさんは俺達―ランペルージさんを庇う俺と、俺を取り囲む女達―を見て、顔を歪ませる
「い、行くわよ…!」
「待っ…」
女達はマズイと思ったのか、スザクさんが来たことでイレブンが増えたことを嫌悪したのか、とにかくやっとどこかへ行った
スザクさんだけは引きとめようとしていたけど、正直行ってくれた方がありがたい。あの女とは話をするだけ無駄だ。
「ツナさん!怪我を…」
「大丈夫。怪我なんてしてないよ」
「君…」
叩かれて赤くなっているであろう頬を見て、なにか言いたそうなスザクさんに、口元で人差し指を立てて彼女には言わないで欲しい意思を告げる
「ですが、さっき…」
「ああ、ガードしたから大丈夫。こっち来る前は拳法習ってたし受身は得意なんだ。」
もちろん真っ赤な嘘だけど。拳法どころか体育の授業だって受けてない。
「俺に怪我なんてないですよね?」
スザクさんの方を見て、彼に問いかける。
俺がいくら大丈夫だと言っても、気を使ってるようにしか取られないだろう。第三者に同意してもらうほうが説得力がある。
接触してしまった以上、これを初対面にするしかない。もうゼロの立てた作戦と、全く違う方向に進んでいる。
どうすればいいのかわからないけど、とにかく今はランペルージさんを安心させなければ。
「……うん。」
少し間のあった後、その言葉を得た。
ランペルージさんはまだ納得がいかないようだったけど、本当は怪我しましたなんて言うつもりは無いので無理矢理に話題を変える
「あの、ランペルージさんを車椅子に乗せたいので手伝ってくれませんか?」
「ああ、そうだね。気づかなくてごめん」
スザクさんはそう言うと、軽々とランペルージさんを持ち上げて車椅子に座らせる
あれ、手伝って欲しいと言ったのに俺自身は何もしないまま終わってしまった。
まあいいんだけど。
「ありがとうございます。ツナさん、スザクさん」
「いや、俺は何も…」
「エカテリーナさん達から助けてくださいました。」
聞き覚えの無い名前に首をかしげる。もしかしてさっきの女の名前?なんとか家っていってたから、下の。ん?ブリタニア式だと上の名前ってことになるのか?
「俺が勝手にしたことだから」
真っ直ぐに感謝の気持ちを向けられて、なんとなく罪悪感が募る
違うんだ、俺が助けたのは、ランペルージさんじゃない。
ランペルージさんを通して、ナナリーを護った気になりたかっただけなんだから
「それより、よく俺だってわかったね。さっき会ったばっかりなのに」
「はい。ツナさんのお名前が友人と似ていたので印象深くて…」
俺の名前が?ツナなんて名前、ブリタニアにはそうそういないと思うけど…ああ、スペイサーのほうか。
「偶然だね。俺の友達も、ちょっとランペルージさんに似てるんだ。」
「そうなんですか?」
不思議ですね、とランペルージさんが笑う
ああ、笑った顔も、ナナリーに似てる。
「…ツナ君?でいいのかな?」
突然スザクさんに話しかけられて緊張が走った
今後の任務に支障の無いように上手く答えなければ!
「ツナ・スペイサーです。」


「僕は枢木スザク。ツナ君、ナナリーを護ってくれてありがとう。」




今、この人はなんと言った?





「ナナ、リー…?」


声が震える。
落ち着け。ナナリーという名前はきっと、ブリタニアではよく付けられるのかもしれない。
お姫様と同じ名前を付ける。よくあるじゃないか。
ナナリーは皇女だったんだから、全然おかしいことなんてない。
でも、ランペルージさんの声が、髪の毛が、しぐさが。
記憶の中にいるナナリーと、どうしようもなく一致して。

「すみません!自己紹介がまだでしたね、ナナリー・ランペルージです」

でも、ナナリーの姓はヴィ・ブリタニアで。
それに、ナナリーは、死んだはずで。もう、この世には、いないんだ。
でも、俺はナナリーの死んだところを見たわけじゃない
父さんや母さんが殺された時とは違う
ブリタニアから留学していた皇子と皇女は死んだと、ニュースで見ただけで

「あれ?今自己紹介なの?」
「ツナさんは先ほど転入されたばかりなんです」

それに、そう、スザクさん
どうして、ルルーシュとナナリーの友達が、ランペルージさんともこんなに親しそうなんだ

「スザクさんは…」
「何?」
「ランペルージさんと、どういう関係なんですか」

どんな答えを望んでいるのか、自分でもわからなかった
ランペルージさんがナナリーであるはずがないのに。

「スザクさんは、お兄様の親友なんです。」
おにいさま…?
その呼び方まで、ナナリーと同じで。
そう、ナナリーも、ルルーシュをお兄様と呼んで慕っていた。

「お兄さんが、いるの…?」

声が震える
ねえ、お兄さんって、誰のこと?

「はい。」
「副会長だから、朝会とかで会えるんじゃないかな。」
「副会長…の、名前、なんでしたっけ」

変な質問だったのだろう。
スザクさんは訝しげながら、


「ルルーシュ・ランペルージ」



確かに、そう言った