資料の見落としはなかった。
何がいけなかったって、勝手に勘違いした俺と、学部を表記しなかったゼロの両方だと思う。

「中華連邦から来ました、ツナ・スペイサーです。よろしくお願いします」

目の前にはアッシュフォード学園2年の面々が座っている。
今のところ潜入は成功だ

……中等部に、だが。

俺の年齢から考えれば中等部2年は妥当だ。それこそ学園に溶け込むという点ではなんら不自然はない。
でも、どうやって中等部からスザクさんを監視せよというのだ。
てっきり高等部に入れられると思っていたから、教師に中等部へ案内されたときはめまいがした。
転入の手続きをしてくれたのはゼロ。つまり、中等部への潜入はゼロの指示ということで…
ゼロが何を考えているのか俺にはわからない!
もしかして、俺じゃ高等部には見えないとか…いや、見えないだろうけどそこは無理して背が低いと言い張れば良いじゃないか。
くそう、なんなんだこの状況は!

「席は…ラペルージの隣が空いてるな。ランペルージ、手を挙げてやれ」
「は、はい。」

とにかく、今は転入生を演じなければ。どうやってスザクさんと接触するかは後で考えよう。
手の上がった方向を見ると、長いブロンドの髪の女の子がいた。
言われたとおりそこまで行くと、彼女が座っているのが車椅子ということに気づく。
「よろしく、ランペルージさん」
「よろしくお願いします」
そして、瞳を閉じたままだということも。
足と目…どうしたのだろう。気になったけど、聞いてはいけないような気がして特に触れずに席に座る。

…ナナリーも、日本に来たときは目と足が不自由だったんだよな…
そのときの俺は、二人に会うことは出来なかったから、スザクさんから聞いただけだけれど。
俺の記憶に居るナナリーは、明るく活発な女の子で、外を走り回っていた。
チラリとランペルージさんを見る。
髪の毛のせいかもしれないけど、なんとなく、ナナリーに似てる気がした。
ナナリーが成長したら、こんな感じかもしれない。
せっかく隣になったんだ。友達になれると良いな。
休み時間になったらフルネームを聞いてみよう。
ランペルージというのははたして苗字なのか、名前なのか。ブリタニアの名前になじみがないからそれすらよくわからない。
だが、俺のそんな目論見は阻止されることとなる。

教師の話が終わり、1限目までの準備時間
「ラン…」
「スペイサー君!!」
ランペルージさんに話しかけるより先に、大勢のクラスメイトが押し寄せてきた。
近距離で聞こえた大声に驚いたのか、ランペルージさんの肩が揺れる
目が見えない分、驚きも大きいのだろう
クラスメイトなら、彼女に気を使ってくれてもいいだろうに、と思った。
そんな俺の気持ちは届かず、次々と質問が投げかけられる
「ねえ、中華連邦ってどんなところ?」
「ツナ君って呼んでいい?」
「どうしてブリタニアに来たの?」
「どこに住んでるの?」
え、これ全部に答えなきゃ駄目なの?
転校生って目立つから覚悟はしていたけどちょっとうんざりだ…!
「えっと、いっぺんに聞かれても答えられないから、一つずつ…」
クラスメイトの熱気に当てられながらそう言うと、いつの間にかランペルージさんが隣からいなくなっていた。
「あれ?ランペルージさんは?」
彼女の名前を出したとき。
目の前に陣取っていた女の顔が歪んだのを、俺は見逃さなかった。女だけじゃない。そばに居た数人も嫌な顔をする。
それは俺達のことを「イレブン」と呼んで、蔑む時の視線に似ていて、途端に嫌な気持ちになった。
「あの子ならサボりよ」
「サボり?」
そんなことする子には見えなかったのに
「美術の授業に出たって何も出来ないから、許可とってサボってるのよ。他の授業も病院だなんだと理由つけてあまり出ないし。それで成績もらえるんだからいいわよね。」
「なっ…」
「ずるいでしょ?みんな思ってるわよ。なんであの子だけ特別扱いなんだって」
違う。違う。違う。
どうしてそんな棘のある言い方をするんだ。
どうしてそんな、汚いものを見るような目つきで、ランペルージさんのことを話すんだ。
サボってる?出れないの間違いじゃないか。美術の様な、目で見て表現する授業を、彼女が受けられるはずがない。そんなこと、今初めて会った俺ですらわかる
病院に行くから授業に出れない?仕方ないだろう。足も目も不自由なんだから、病院に行くのだってきっと凄く大変だ。
もしかしたら、足と目以外にも悪いところがあるのかもしれない。なのに。どうして。
「あんな女のことより、美術室行こう?案内してあげる」
「…な」
「何?聞こえな…」

「そんな風に言うな!!」

シン、と教室が静まり返る
驚いたように皆が俺のほうを振り返り、ヒソヒソと何か話している
「ランペルージさんだって、好きで授業に出ないわけじゃないだろ。なんで彼女が悪いみたいに言うんだよ!」
「っ!なによ!アンタこそなんでそんなこというのよ!…まさか、あの女が好きなの?」
心底軽蔑したように言う女に、俺は当たり前のように言った
「人の悪口を言うような人より、ずっとね」
「っ!〜〜〜〜〜!!」
ヒステリックに何か叫ぶ女を無視して教室を出た。

…最悪だ。
『人間関係は円滑に。対象以外とも交流を持ち、学園に溶け込むこと。』
…最悪だ。