あれはまだ、母さんがいた幸せなときだった

「婚約者?」
「相手はイタリアンマフィアのボス候補だよ。ルルーシュと年も近いし、気に入ると思うよ。」

シュナイゼル兄上の一言に思い切り顔をゆがめる
皇族に生まれたからには避けて通れない政略結婚
いつかそんな日が来るだろうとわかってはいたが、まさか八歳の時点で相手を決められるとは予想していなかった。

「別に僕でなくてもいいでしょう。」

なにより一番気になったのは、何故自分なのかということだ。
同じくらいの年齢の兄弟はたくさんいる。それこそ反吐が出るくらいに。
にもかかわらず婚約、あるいは結婚している者は誰一人としていなかった。
一番上の兄ですらまだ相手はいない。もちろん今目の前で笑みを浮かべているこの男にも。

「わからないかい?ルルーシュ」
「残念ながら、マフィアと婚約することでブリタニアの利益となる理由が僕にはわかりかねます」

それも相手はEUだ。あの国とブリタニアは敵対関係にある。
同盟という理由で国のトップと婚約するなら話は分かるが、マフィア?
それもボスではなく、ボス候補。

「ブリタニアじゃなく、ナナリーとマリアンヌ様の為だよ」
「兄上の仰る意味がわかりません」
「私が知らないとでも思っているのかい?マリアンヌ様の家のことで、君たちがどんな扱いを受けているのか」
「…」
母さんは騎士だったけれど元は庶民の出。それをよく思わないものがいて、嫌がらせを受けているのは皇族ならば誰もが知る事実だ。

「相手はマフィアで最も力を持つボンゴレなんだ。婚約すれば、彼らの力はルルーシュの力となる。ルルーシュに手を出すことは、ボンゴレに手を出すことと同じなんだよ」
勿論ルルーシュだけじゃない。ナナリーとマリアンヌ様に手を出した場合も同様だよ、とシュナイゼルは続ける。
…シュナイゼルの言っていることが本当ならば願ってもない話だ。ナナリーと母さんを護れる。護る力が手に入る。
だが、あくまで本当ならばの話である。ボンゴレというマフィアが強大な力を持っていることは理解した。
しかしボス候補の婚約者の王室のいさかいにマフィアが介入?非現実的すぎる。
後ろ盾というならば、アッシュフォードだけで充分だ。

「…僕にとって利のある話だと兄上が考えてらっしゃることは分かりました。ですが相手はどうなんですか?皇位継承権の低い僕との婚約では、向こうにとってプラスとなるものがあまりに少
ない」
「向こうもあくまでボス候補だからね。それも最も期待されていない。継承権の低い者同士、ちょうどいいと双方で一致したんだよ」
「…は?それじゃあ本当にだたのボス“候補”との婚約で、ボンゴレの力とか関係ないじゃないですか」
「そうかもしれない。それでも無いよりずっといいことだけは確かだ。ルルーシュ、君が思ってる以上にボンゴレは大きな力を持っているんだよ。」
「……」
「とにかく一度会ってみるといい。」

一週間後に来る予定になっていると聞いたのは、それから直ぐのことだった
結婚の約束をするだけでナナリーと母さんを護れるのならいくらでもする
だが、本当にそうなのか?
マフィアと繋がりを持つことで一層他の皇族達から目の仇にされるのではないか?
それとも本当にボンゴレという後ろ盾が僕達を護ってくれるのか?
いくら考えても答えは出ない。シュナイゼルは他の兄弟よりは交流があるがユフィ程仲が良い訳ではない。
まだクロヴィスの方が少しは信用できる。アイツは馬鹿だから、僕をだまそうなんて考えもしないはずだ。
でもシュナイゼルは何を考えているか分からない。次期皇帝はほぼ奴で決まっているのだからわざわざ僕を陥れる必要は無いけれど、救う必要だって無い。

「……」
唯一チェスで勝てない相手。
考えが、読めない。








一週間という短い時間はあっという間に過ぎ去り、今目の前には婚約者となる人物が立っていた。
「ほらっ、ちゃんと挨拶しろよツナ!」
「は、はじめまして…さわだつなよしです」

婚約者となる人物が…立って…婚約者?

「はじめまして。兄のシュナイゼル・エル・ブリタニアです。このたびは遠路はるばるようこそお越しくださいました。」
「…ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」

失礼にならないよう挨拶はしながら、婚約における知識を思い出す。

【婚約者】婚約した相手。
【婚約】結婚の約束を交わすこと。
【結婚】男女が夫婦になること。

おかしい。何かがおかしい。

「いや〜、さすがに広いなブリタニアの宮殿は!」
「ボンゴレの基地も相当なものでしょう」
「それにしたって離宮でこれはすごいぜ!なっ、ツナ!」

勝手に盛り上がってる年長者達は無視して婚約者を見る。
父親の背に隠れながらびくびくと此方を伺っている。その仕草は可愛いもので相手が内気であることがうかがえる。
皇族にはなかなかいないタイプで新鮮だが、問題はそこじゃない。

相手は、明らかに、男なのだ

「兄上…」
「なんだいルルーシュ。恥ずかしがってないで綱吉君と話してみたらどうだい?」

綱吉君ってなんだ綱吉“君”って。
明らかに男と分かってるじゃないか。なんで婚約?ブリタニアって同性婚OKだったか?違うだろ

「兄上、お話があります」
「そういうのは直接言わないとだめだろう?綱吉君、ルルーシュが君と話がしたいって」
「おっ、なんだ?早くも『後は若い人同士で』ってやつか?」
「違いますお父様。申し訳ないのですが少し兄と話があるので席を外しても構いませんか?」
「義父様って!かーっ!なんだよもう夫気取りかよー!こんなに早く愛息子を手放すことになるとは!」

そういう意味じゃないという叫びが聞かれることは無かった。
代わりにシュナイゼルの腕を引っ張り廊下へと出る
扉を閉めると呆れたような声が発せられた
「なんだいルルーシュ。お客様をおいてきてはいけないよ。」
言ってるることは最もだが、今はそれどころではない
「どういうつもりですか兄上。男じゃないですか!!」
「それがどうしたんだい?ああ、ルルーシュには言ってなかったかな。彼は沢田綱吉。ナナリーと同い年で…」
「年なんてどうでもいいですよ!男ですよ!?婚約者でしょう!?結婚できないじゃないですか!!」
「おやおや、もう結婚のことを考えているのかい?」
気が早いねえ、十八にならないと結婚は出来ないよという兄に最早殺意が沸いてくる。
「ブリタニアは同性婚が認められていないはずです。確かイタリアもそうでしたよね?」
「イタリアはどうか知らないけれど、ブリタニアの法律なら父上に言って変えてもらえば良いよ」
あの父に頼みごとをするなんて嫌過ぎる。それも男と結婚したいから法律を変えてくれ?
そんなことを言った暁には皇族だけではなく一般市民からも変なレッテルを張られるに違いない。
「兄上。僕は男と結婚するつもりはありません」

「…困ったねえ。ルルーシュがこの話を受けてくれないと、ナナリーに婚約してもらわなければならなくなる」

「なっ!?」
「ナナリーは女の子だしこういった話は聞かせたくなかったんだけど、ルルーシュがそういうなら仕方ないね」
ナナリーが婚約!?駄目だ、そんなこと絶対に!!
「待ってください!婚約を断るだけでいいじゃないですか!」
「これは契約なんだよルルーシュ。」
「契約?」
「気づかなかったかい?綱吉君の名前だよ」
名前…?確か沢田綱吉だ。イタリア人にしては妙だと…
「彼は日本人なんだよ。」
「日本!?今EU以上に関係が悪くなっている国じゃないですか!」
そんな国の相手と婚約?現首相の枢木家ならまだしも、マフィアと…?意味が分からない
「彼は日本人でありながら初代ボンゴレの血を引く継承者なんだ。
 日本はブリタニアだけでなくEUともサクラダイト採掘権を巡って酷い争いが起きているからね。
 どちらにも属する…いや、ある意味どちらにも属さない彼は今非常に微妙な立場にある。
 だからブリタニア皇族と繋がりを持ち、少しでも確かな足場を作りたいというのが彼の父親の意見でね。
 もちろんルルーシュもこの婚約でEU、日本どちらとも繋がりが出来る。悪い話じゃないだろう?」
確かに…沢田綱吉との婚約が発表されれば、ボンゴレは彼をないがしろに出来なくなる。
イタリアの血を引く者だと日本人にばれても、バックにブリタニア皇族がついているとなれば簡単に手は出せないだろう。
この婚約はボンゴレにとっても日本人にとっても、邪魔な存在でしかない彼を護る盾になる。
僕はEUと日本、双方と繋がりを持つことで皇族から大切な人を護ることが出来る。

「…わかりました。彼と婚約します。」
「そう言ってくれると思ったよ、ルルーシュ」

―これは、契約
互いにとって利益があるから結ぶ。ただそれだけ。
だから決して…沢田綱吉の立場に、皇族に忌み嫌われる自分の姿を投影したわけではない。

部屋に戻ると真っ先に沢田の父親が笑顔で出迎えた
「…おっ!話し終わったのか?ったく随分待たせてくれるじゃねーの。俺の義息子はよ!」
「すみません。それより、義息子って…」
「お前さっき俺のこと義父様って言っただろ?ツナの旦那なら俺の義息子だしな!」
だよなツナ!と背中を叩かれた沢田は、あまりの勢いにゴホゴホとむせる
「なんだツナ。風邪か?」
いやいや貴方のせいでしょう…声に出さずに視線で訴えるも気づいてはもらえない。
「大丈夫か?」
ハンカチを差し出してそう言えば、沢田は驚いたようにそれを見つめた
そういえば、まだ話もしていなかったことに気づく
「僕はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。君の婚約者だよ」
「こんにゃくしゃ?」
「婚約者。将来結っ…」
違う。そうじゃない。僕達の関係は…
「…僕は君を護る。だから君は僕を護って。」
「まも…る…?」
「そう。怖いもの、嫌なもの全てから。」
咳き込んだ時に汚れた口元を拭いてやりながら言う

「おーおー見せ付けてくれるじゃねーの。こりゃツナが嫁に行く日も遠くねーな。おい兄貴、結婚式は日本式とブリタニア式どっちにする?」
「両方はどうでしょう。私も弟の晴れ姿をじっくり見たいですし」
「…兄上。先ほど気が早いと仰られたのはどの口ですか」
「なになに!?お前らさっきそんな話してたの!?混ぜろよ俺達も!!」
「すみません義父様。弟は照れ屋で本人の前じゃ上手く喋れないんですよ」

もういい。ついていけない。
そう思ったとき服の裾が引っ張られらた
「…沢田?」
「あそぼう?」
「あ、ああ…そうだな」
あの二人を放っておいて大丈夫かと心配が過ぎったが、僕がここにいても止められるわけもない。
なら遊びに行ってもいいだろう。多分。
「沢田は何がいい?チェスやカードならあっちの部屋に…」
「つな。」
「え?」
「さわだじゃなくて…つなってよんで。るるーす」
「……ルルースじゃない。ルルーシュだ」
「るるーゆ?」
「ルルーシュ」
「るるーす…」
「ああもう!ルルでいい!!」
シュという発音が言えないのだろう。1つしか違わないはずなのに大部舌たらずな口調…あまり人と話さないから、発達が遅れているのかもしれない。
「るる?」
「そうだ…ツナ」
名前を呼べば、沢田はにこりと、まるで太陽の様な笑顔を広げた



それから何度もツナは離宮にやってきた
日本とブリタニアは距離があるから頻繁というわけにはいかなかったけれど。
それでも月に一度は必ず僕の部屋に泊まって一緒に遊んだ
ツナはナナリーとも仲良くなって、三人でいる時間はとても幸せで。
こんな時がずっと続くと、信じて疑わなかった

―あの時までは






「皇帝陛下、母が身罷りました」
母さんが死んだ。ナナリーを庇って。
「それがどうした」
ボンゴレの力は俺の大切な人を護ってはくれなかった
「だから?」
だがそれでツナを責めることは無い
全ての罪は、この男にある。
「そんなこと言うためにお前はブリタニア皇帝に謁見を求めたのか?…次を呼べ、子供をあやしている暇はない」
「父上っ!何故母さんを守らなかったのですか?皇帝ですよね?この国で一番偉いんですよね?だったら守れたはずです!ナナリーのところにも顔を出すくらいなら!!」
皇帝のくせに、母さんをこの世界に巻き込んだのはアイツなのに、何もしないこの男が!!
「弱者に用はない」
「弱者…」
「それが皇族というものだ」
ツナの父親を思い出す。
僕を義息子と言ってくれたあの人を。
この男とは天と地ほどの差がある義父さんを。
「っ………なら僕は皇位継承権なんていりません!あなたの後を継ぐのも争いに巻き込まれるのももうたくさんです!!」
「死んでおる」
「!?」
「お前は生まれた時から死んでおるのだ。身にまとったその服は誰が与えた?家も食事も命すらもすべてワシが与えたもの。
 つまり、お前は生きたことは一度もないのだ!然るに…なんたる愚かしさ!!」
「ひっ!!!!」
皇帝が椅子から立ち上がる
ただそれだけのことなのに…足がすくんで動けない。
「ルルーシュ…死んでおるお前に権利などない。ナナリーと共に日本へ渡れ。皇子と皇女ならば良い取引材料だ」

日本。ツナの生まれ育った故郷。話を聞いて、ずっと行ってみたいと思っていた場所。
こんな形で来ることになるなんて思っても見なかった。
留学という名目で、実際は人質として送られた僕達は枢木家に預けられた
日本に、こんなに近くに居るのにツナに会うことは出来ない
婚約者という立場を利用してEUに連れ去られるのを恐れた枢木が、沢田家からの連絡を無視しているとスザクが済まさそうに告げる
だけど僕にとっては、その事実だけで充分だった
母さんが死んだ今僕には何の力も無い。それでも僕達を護ろうとしてくれた義父さん。人と話すのが苦手なのに、何度も電話をかけてくれたツナ。
会うことも話すことも出来なかったけれど、スザクから話を聞くたびに僕たちは一人じゃないと思えた。

だけどすぐ戦争が始まり、ツナの安否も何もかも分からないまま…スザクとも別れ、七年という月日が流れた
いくら期待されてないとはいえツナはボス候補なのだから、きっとイタリアに渡ったのだろうとずっとそう思っていた。
そう思って考えないようにした。もう二度と会うことは無いのだから。記憶にふたをして、思い出さないように。
だからずっと忘れていた。忘れたつもりだった。







「…ぎゃ!」
聞いたことの無い声に顔を上げると、仮面越しに見えるススキ色の髪
「何やってんだよ沢田」
「まさかこんなところに段差があるなんて…」
「ほんっとどんくさいよなーお前」
「そんなはっきり言わなくても…」
「いーや言うね。なんてたって俺達は正義の味方なんだぜ?ヒーローがかっこ悪くちゃ話にならないだろ」
「玉城!いつまでも言ってないでツナをこっちにつれてきて!紹介しますゼロ、私達の仲間です。ゼロが来る前の作戦で怪我をして最近まで入院していて…」
茶色の瞳が見開かれる
まさか、そんなはずは無い
「ゼ、ゼロ!?本物〜!?」
「何?信じてなかったの?ゼロが仲間になったって言ったじゃない」
「だって、ええ〜!?」
あの頃よりも大きくなった身体
低くなった声
でも瞳だけは変わらない
真っ直ぐでくもりのない
全てを映す、瞳
「は、はじめまして。沢田綱吉です!!」


「ツナ…?」




―長い長い年月をかけて、俺達は再会した